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リストマーク 旅の計画と旅立ち(2005/12/27火曜日) 

2008年07月06日 ()
バックパッカー * 旅行
さてさて、今回の旅先は西北ギリシアでありました。
学生だった15年程前、ルートから外れていたために訪れることが出来なかった
エフィラのネキュオマンテイオン(死者託宣)の地を踏むのが第一目的です。


ギリシア本土を南北に貫くピンドス山系。
そこから流れ出したアケロン川(ギリシア版の“三途の川”と同名の川)が
イオニア海に注ぐ場所に有り、
かつて「冥府の入口がある」と言われた場所。

  日本で言うなら、“恐山”に行くようなもんか…?

ネットで調べてみるとパルガ(Parga)という町の旅行会社がツアーをやっていました。
たぶん時期が時期なので利用は出来ないと思いながらもスケジュールを組み立てます。


 仕事の関係で1/4には帰国してないとマズく。
 となるとアテネ発は前日の3日がギリギリ。
 1/1は全日休館だし、12/31と1/2は午前中のみの開館。
 予備日も含めて12/29か12/30に訪れるようルート作り。


結果12/27に日本を発ち、同日20時過ぎに到着するイスタンブルで1泊。
翌28日朝の便でアテネに飛ぶチケットを手配してもらいました。
イオアニナ~イグメニツァ経由パルガ~プレヴェザ~アテネというコースで考えます。
早め早めに目的地に近づくには「国内線も使うか…?」

最初オリンピック航空を使うつもりでしたが、時間的に良いフライトが無い。
そこで、ご無沙汰している間に出来上がっていた
エーゲ海航空(勝手に日本語訳:Aegean Airline)を使うことにしました。
時間的にもアテネ到着から2時間は余裕があるので、
ちょっとくらい遅延しても大丈夫!




 そんなこんなで出発当日~
14時半発の便のため、心持ち余裕をもっての成田行き。
出発階へは12時を過ぎた頃に到着する。
カウンターも開いていたので、さっさかチェックイン。

「いくら早めでも全然混んでないなぁ~」と思っていたら…。
出国審査を済ませてゲートまで行ってビックリ。
『ひとクラス分の人数しか居ないじゃん…。』

搭乗して動き出してみたら更にビックリ。
一人1列使っても(両窓側で2人、真ん中で1人の、3人として)
半分位しか埋まっていない。初めてです…こんな空いているの。

乗客としては体力的にも気分的にもとても楽だったので嬉しいけど、
大丈夫ですかトルコ航空さん?就航やめっちゃったりしないでね。

この時、近くの席に座っていたトルコ人のおじさんが口にした一言
「からばるっく…(混んでんなぁ~)」
に大ウケして笑ってしまったよ。


特に遅延もなくアタトゥルク国際空港到着。
7月に来た時はホテルからのお迎えの車が来ていて呼び出しをくらったけど、
今回はナシ。自分で送迎バスを探す。
インフォメでバス停を聞き出した。中央出口を出て右手にあるそうな。
地下鉄入口に入る手前に、ホリデー・インやクラウン・ホテル行の表示が出ているのだ。

バス停で待っていると丁度ご夫婦が来て、エアポート・ホテルの客が3名になったので、
急遽別ホテル行のバスが変身。そのままエアポートホテルへ運んでくれた。
建物に入るには、相変わらずセキュリティーチェックが必要です。


今回は108号室。ツインの部屋を用意してくれた。
この前とは全く反対側だ。窓からホテルの入口が見える。
「部屋の具合はどう?」と確認電話はくれるし、
モーニングコールの申し出もしてくれた。
やっぱ客が減る冬はサービスが行き届いてる?

円安などが影響して、一泊2万円近い宿泊料は痛かったが、
まともな食事が殆ど摂れなかった旅なので、朝食付を選んでおいて良かったかも。
今回唯一の湯船有りホテルだったしね。



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[2008.07.06(Sun) 16:43] 2005.12-2006.1ギリシアTrackback(0) | Comments(0) 見る▼
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リストマーク 約10年振りのギリシア入国(2005/12/28水曜日) 

2008年07月05日 ()
バックパッカー * 旅行
時差の関係で早く目が覚める。
モーニングコールをお願いしていた5時半までに用意をしてしまい、
電話を切るとすぐに朝食へ。
オリーブ!オリーブ!!←唯のオリーブ好き

空港行きの送迎バスも、朝は15分ごとに出ているので助かる~♪
6時15分発に乗ったので、6時半前にはチェックイン出来た。
今回も田舎を巡るので、今のうちに帰りの便のリコンファームをしてしまおう。

以前は西側にあったので、東端にあったチェックインカウンターからてくてく歩く。
しかし「あれ~?」別の航空会社のカウンターしか無いや。
で、もしやと思って東側に引き返すと…あったあった。
空港内を1往復してしまいましたよ。


リコンファームを済ますと、さっさと出国審査へ。
ワタクシ、このパスポートになってからのトルコ入国回数が10回近いので、
そこかしこに出入国スタンプが押されております。
係員のおじさま、今回の入国スタンプを探すのにすっげー手間取って舌打ちしてました。
すまんな、オレも何処だか分からなくて、目印の付箋貼れなかったんだわ。


ぢつは、この年末で失効してしまうマイレージが
片道ビジネスにアップグレード出来そうな位溜まっていました。
しかし繁忙期なので必要ポイントがいつもの2倍近くの4万必要とのこと。

結局、たった1時間程度のフライトだけど、
イスタンブール~ギリシア間往復でアップグレードしてもらうことにしたのです。
(ま、成田~イスタンブール間往復とも異常に空いていたので、
 ここで使わなくて良かったと、後で思いましたがね。)

VIPラウンジ初体験!
チェックインの時に名前等を書いてもらったカードというか…札を受付で渡して入室。
イスタのトルコ航空のそれは広く、本拠地のせいか混雑しておりました。
食べ物も飲み物も沢山種類があります。
でも先程朝食を済ませたばかりでお腹一杯だったので飲み物だけ取りました。
ううう~残念!リベンジは飛行機の中の機内食だ!←唯の食いしん坊


8時半発のアテネ行は空いておりました。
12席あるビジネスの客も、自分を含めて4名のみ。
今回は「コジャエリ号」です。
席に着くと即、生オレンジジュースで歓迎を受けます。

イスタンブルは薄曇り。ダーダネルス海峡を南下するルートで西進します。
しかしアジア側上空に入った頃から厚い雲に覆われ、地上の風景は拝めなくなりました。
しか~し!機内食ですよ機内食!お腹一杯でも食べますよ♪

コジャエリ号機内食



エコノミーなら紙箱に入ったお弁当がよいところ。
しかしテーブルクロスを敷いてくれた上に、ちゃんとトレーに載って出されます。
食器もガラスや陶器が使われているから、余計美味しく感じます。
せっかくだから飲み物は、ヴィシュネスユ(ブドウジュース)を頼みました。


あっと言う間にアテネ到着。ありゃ~雨振ってるじゃん。
オリンピック前に出来たばかりの空港なので、周囲には何も無いです。

エレフテリオス・ヴェニゼロス国際空港
  エレフテリオス・ヴェニゼロス国際空港周辺


到着ロビーにあるという“自動両替機”を使ってみます。
日本語表示(でもカタカナ表記)も可能なことに驚いていましたが、
結局使えなかったんだよなぁ。
何度か挑戦してみたけど「使えません」と返されてしまうのでした。
で、銀行に行って人間様に両替をお願いしたのでした。

しっかし…高っけー!! 
成田で1万円をユーロにした時のレートは@142.4円で手数料取られず。
アテネのこの日のそれは@150.51円で手数料が6.88ユーロ。
国によっても違いがあるとは思いますが、
日本で変えていってしまった方が宜しいかと…。


2階の出発ロビーに行くべくエスカレータに向かっていたところ、左手に観光局発見。
丁度イオアニア辺りのパンフが置かれていたので「これは使えるかも!?」と、
早速お姉さんに聞いてみます。
地図を指差し「この辺りに行きたいんだけど資料はありますか?」
すると、幾つもパンフを出してきてくれます。

しかし今回の第一目的地のそれは、場所柄かイタリア語版しか有りません。
でも写真が綺麗だったので頂戴してきました。
国内線のチケットを購入する前に、一気に荷物が増えました。(笑)

よくよく見てみると、見たこともない立派な遺跡の写真がポロポロ。
 「ここ何処~?行きたいー!」
イタリア語が分かる人を見つけ出すか、ネットを使って翻訳を試みるか…。

  嗚呼、罪作りなパンフだわい。


シェンゲン協定非加盟国用のAエリアから、加盟国用のBエリアへ移動。
エーゲ海航空のチケットカウンターもすぐに見つかりました。
ワタクシ英語力に全く自信が無いので
サイトの時刻表該当ページを印刷して持って行き、それを見せて

「今日のこの便のチケットを買いたい」と伝えます。

手持ち現金が少ないのでカードで購入。
運賃自体は79ユーロでしたが、
空港税やら何やらが27ユーロも加算された結果106ユーロに。
 あ”あ”…また出費がかさむ~。
欧州の旅は、ケチな奴には心臓と胃に悪いわな。(苦笑)


13時のフライトまで空港博物館を見たり、
パンフや持って来た『オデュッセイア』を読んだりして過ごす。
まだ小雨は降り続いています。

機体はRJ100型機。座席は3-2でした。割と混んでましたよ。
機内サービスはバクラヴァ風のお菓子と飲み物。
A席だったので、時折写真を撮ってました。
やっぱピンドス山系は険しい山々なんだなぁ~と実感。

雲の海
 雲の海


イオアニナの空港は、恐いくらい家々が密集した町中にある。
たまにしか機が飛んでこないせいか、
乗って来た機体が目の前にあるのに一向に荷物が出てこない。
待たされている間、多くの人が室内で喫煙してるんで苦しかったよぉー!


さて、町に出るバス停は何処?
チケット売り場っぽい場所もバス停も、一見したところでは発見出来ず。
一旦出発ロビーの方へ戻って、カウンターのお姉ちゃんに尋ねる。
3名とも(私も…)英語がイマイチ通じないが、手振り身振りで会話成立。
バス停も右手四つ角の先であることが分かった。

町は空港を背にして左側である。
結局チケットは前もって買えなかったんだが、取り敢えず来たバスに乗せてもらって、
途中のバス停に隣接してたペリプテーロ(よろずや)で購入して運ちゃんに渡した。

「センター」で降ろしてもらう。でもココドコ?
「目印にするには“城塞(カストロ)”が良かんべ」と思い、側にいたおばさまに質問。
どうやら目の前の道をそのまま下って行って、
広い道路に突き当たったら左折するらしい。

左に曲がってしばらく歩くと時計塔を発見。
でも時計塔がガイドブックの地図に載ってないので、現在地不明のまま。
近くの停留所でバス待ちしてた女子大生3人組に、もう一度尋ねてみる。
すると、カストロはもっと先の方なんだそうな。

車の交通量が減って来た頃から、周囲のお店が
お土産物屋やレストラン、お菓子屋さん風になっていった。
美味しそうだにゃ~♪
おっと前方にカストロ発見。これでメインのバスステーションへ行ける。

1泊した後すぐ移動予定なので、バスステーションの側にホテルを取るつもり。
でもここビルの谷間にあるので、裏側から回り込んだら全然見つからなくて焦ったよ。


何軒かのホテルが並んでいるTsirigoti 通りの先、
DioniというCランクのホテルに決める。
フロントのおじちゃんが感じ良かったのと、水回りがキレイだったので。
料金は朝食無しで35ユーロとのこと。

久し振りのギリシア旅で相場が分からなかったんだけど、
どこも部屋にエアコンとテレビが設置してあって、お湯も24時間出る。
ツインでもシングルでも1人で使って30~35ユーロが
冬、クリスマスシーズンの相場なようでした。
(C~Dランクのホテル利用)


チェックインしたのが16時前だったので、
急いで外歩き用に荷物を詰め直し考古学博物館へ。
さっきの時計塔は、博物館の近くにあることが判明しました。
しかしだ…建物壊してるよ!? 入口ってばドコ?

探していると、向こうから人がやって来る。
「すいませ~ん!ここ博物館ですか?」と
単語2つ(しぐのーみ!むしーお?)で尋ねると、
「あんだーこんすとらくしょん」って英語で答えられた。

がーっ!!また工事中かよ。
観光客が少ない冬場に、よく改装してんだよな博物館って。
「ドドナの神鷲」見たかったのに…悔しい。


んじゃ、明日のドドナ行の事前調査だ。
明日木曜日は「ドドナ行のバスは無し」とガイドブックにあったが、念のため確認。
別の場所にあるターミナルまで足をのばす。

あちこちに貼ってあるお知らせ紙を見るも、それらしい情報は無し。
なので窓口にて「明日ドドナへ行きたい」と伝えると、即答「無いよ」。
おっさん、オレの言ったこと分からないくせに即答すんなよ!

明日はパルガ行バスの関係で、10時半発のイグメニツァ行バスに乗りたい。
何時に戻って来られるか分からないバスではなく、タクシーを使うことに変更した。


まだ外はほんのり明るい。町をブラブラ歩きする。
先程ホテルに向かう途中で見かけた銀細工が気になっていたので、店先でじっくり観察。
あ、クリスマス用のも有るんだ。

こういう金属細工は好きなんだけど、余りに繊細な作品。
しかも現在荷物がパンパンで入れる余裕無し。購入は諦めました、ハイ。
カストロの中を見学したり、湖に浮かぶ小島への連絡船を見たり。
いや~歩き疲れたのなんのって…!腹も減ってて行き倒れそう。


明日用にパンを「シンドロス」というお店で買い出ししてから、
流行っていた軽食店に入ってギロピタで早めの夕食。
中身は「全部入り」でお願いします~♪

食べ終えた頃には夕闇も濃くなっていた。
通りはクリスマス飾りのライトアップがされているので
ただ歩いて行くだけでも楽しい。

18時前にホテルに帰還。
毎度のことながら、時差の関係でこの時間帯が一番ねぶい~!
案の定即寝してしまい、目覚めたのは夜中。
それからシャワー浴びて、歯を磨いて二度寝するのでした。


閑話休題:ユーロって、その国独自のデザインも採用されてるそうで…。
     ↓コレって、ギリシアのものだよね?エウロパとアテナの聖鳥フクロウ

エウロパとフクロウ(ユーロ硬貨)




[2008.07.05(Sat) 16:47] 2005.12-2006.1ギリシアTrackback(0) | Comments(0) 見る▼
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リストマーク ゼウスの神託所ドドナ、そしてパルガへ(2005/12/29木曜日) 

2008年07月04日 ()
バックパッカー * 旅行
買い出ししておいたパンで朝食。
チェックアウト寸前まで荷物の準備をして、8時ちょっと前にフロントへ。
今朝はカワイイおばちゃまがカウンターにいました。

またまた片言英語とボディランゲージで
「ドドナへ行ってから10時頃に戻ってくるので
 部屋に荷物置いといて良い?」と尋ねると「OK」とのこと。
おーし!と意気込んでホテルを出ると…雨でしたぁ~。


バスステーション横のタクシー乗り場で、先頭の運転手の兄ちゃんと料金交渉。
ガイドブックに載っていた金額に+αして「25ユーロ位だと思ってんだけど…」。
世界的な石油の値上がりが続いていることもあって、往復30ユーロで交渉成立。
いざ出発だ!
町を南下してから、高速のようなところに入る。
長いトンネルを抜け、30分程走ってトマロス山麓にある遺跡に到着しました。


ドドナはギリシアで最古のゼウスの神託所。
お空には少し雲の切れ間が見えてきたけど、
入口でチケットを買った頃から雨脚が強くなっちゃった…。
やはりいつもゼウスに対して「エロ親父」などと言ってるから、
罰が当たってるんでしょうか?
初っ端から“お便利グッズ”使用です。
ビニール製の雨ガッパをすっぽり被ってカメラを守るように敷地内を歩きます。

ドドナ遺跡地図
 ドドナ遺跡地図


手前にある、立派な劇場跡に登るところが見つからなくて
下から見上げるだけでした。
座席の手前には、客席と同じようにカーブした水路みたいなヘッコミがあります。
この部分で演技してたら危ないなぁ。通常は蓋してあったのかしらん?

劇場の斜め前のプリュタネイオンは“現在発掘まっ直中”って感じ。
そこを右手に見ながら奥へと足を向ける。
“ゼウス”の女性形である“ディオネ”の古神殿と新神殿、
彼らの娘とされているアフロディテの小神殿も見られる。
ヘラクレス神殿の一部にかかるように、聖堂が建てられてしまっています。

ゼウスの神託所
               ↑
何よりここで重要なのは「ゼウスの神託所」でしょう。
大神の神木である樫の木がある“こじんまりした”一角です。
樫の葉ずれの音や、吊るした沢山の青銅の鉢が風によって反響した音を聞くことで、
神の真意を巫女たちが依頼人に伝えたそうです。

冬なので樫の神木の葉は落ちてしまっていましたが、
自分の他には誰もいない古代の神域。
これだけ静かだと、雨音さえ神の意を伝える音に聞こえてきそうになります。


 ディオネ:「ウラノスとガイアの娘」とも「オケアノスとテテュスの娘」とも言われている女神
      土星の第12衛星に、その名が付けられている
      (参考サイト テオポリス様)


ドドナの遺跡



一通り見学して戻ろうとしたところ、西の空に虹がっ!!
丁度東の空に出来てた細い晴れ間のおかげです。
慌てて遺跡の背後に架かった虹の写真を撮りまくる。
最初は一重だった虹が、次第に二重になっていきます。

その後すぐに雨が強くなり、虹は数分で消えてしまいました。
ホントに“つかの間”の出来事。
さすが太陽神のしもべ・てるてる坊主を持参しているだけあります。(笑)
唯の雨降りには終わらせませんぜ。

虹




ホテルに戻って来たのは9時45分頃。
部屋に置いておいた荷物をフロント前まで運んで来て、
そこで移動用バージョンに入れ替え。
ここには暖炉があって、素敵な雰囲気なんですよ♪

トイレも済ませて、10時過ぎにチェックアウト。
ユーロへの両替を少しでも少なくするため
(レートが悪いんだもん…)カードで支払った。
外へ出ると、あれ~?さっきより晴れ間が増えてる。くやしー!


バス会社“クテル”のサイトで予めチェックしていた通り、
イグメニツァ行きは10時半発。
窓口で行き先を告げてチケットを購入。
やたら英語の上手いお兄ちゃんだったので、苦もなく手に入れることが出来ました。

ほぼ時刻通りに発車。バスはBOVAです。
まずは北へ向かい、空港前を昨日とは反対方向へ走り抜ける。
それから西方に横たわる山並みを越えるのでした。

地図で見て考えていたより高度があるのか、雲を眼下に眺めながらの山越え。
直線距離にすると近いのに、これだから時間がかかるんだぁ。
景色も良いのに、車内が静かなので、ついつい居眠りしてしまう。


すっかり山を越えてみると、そこは南国でした…。
なんでこんなに暖かくって晴れているのぉ~!?
イグメニツァのステーションに着いたのが12時半過ぎ。
すぐにパルガ(Parga)行きのチケットを買う。
これもサイトにあった通り13時15分発でした。

さて~腹ごしらえでもすっか。
ここには2軒の軽食屋が並んでいます。
手前はしっかりした食べ物らしかったので、奥の方のお店に入る。
しかしギリシア語なのでメニューが少ししか分からない…。
「分かる範囲で手軽に食べられそうなもの…」ってんで、
結局“ギロピタの全部入り”を注文。
さすがに2日連続で食べると、胃がもたれるし、飽きちゃったぁ。


パルガの町
 パルガの町


パルガ行きのバスは、路線バスのようです。
あちこちの町に寄りながら目的地を目指します。
少し南側に回り込んだ分岐点から西へ向かい、クネクネ山道を北上。
冬だと言うのに、見事なまでの緑の木々に埋まった土地でした。
バスは唯の道ばたに停車。
まさかここがバス停だと思わなくて座っていたら
「終点パルガだよ」と運ちゃんに言われてしまった。

“夏向けリゾート地”って感じの町。
「こういうトコロのホテルって、暖房無くて寒いし、お湯も太陽熱利用だからぬるいし、
すぐ水になっちゃうんだよなぁ~」と、昔の経験を思い出して悩んでいた。

すぐ目の前にあるホテルは、ガイドブックによるとDランク。
かつて、同ランクのホテルで嫌な経験してるもんで、
軽く周囲を歩いて他のホテルを物色する。
しかし、他の方が見た目の立派度が低いような…。

結局出発点に戻って来てしまいました。
「じーーー」っと外からロビーのインテリアを観察して、
たぶんこのレベルなら大丈夫と判断し乗り込む。
うっわ~キレイ~♪クリスマス飾りが渋いです。

部屋を見せてもらうと、以前と全然レベルが違うよぉー!
エアコンやテレビ付き。シャワールームはちょっと狭いけど、ドライヤーまで有るよ。
即、宿泊決定。

ついでにネキュオマンテイオンへのツアーについて尋ねる。
やはり冬はどの旅行社もやっていないそうだ。
タクシーを利用するのがいいと勧められる。


外歩き用に荷物を詰め直して、町の見学に出る。
地図を見て想像していたより、更に小さかった。
でも坂が多いので移動に時間がかかる。

町の西外れにある城塞(カストロ)へ向かって階段を登っている途中、
「アンブロシアとネクタルの店」(オリンポスの神々の神食と神酒)
という看板を見つけて笑う。
買いたかったけど(笑)、季節外れのせいか閉まっていました。
↓何を売っているんだろう?気になる~
ネクタルとアンブロシアの店



さすがに高いところからの景色は良い!
簡単に城塞内を回ってから、西側に広がっていた砂浜に向かう。
町をぐるっと囲む道路を歩いていたら、おじさんに日本語で話しかけられた。

20年近く前に、船員としてあちこちに寄港してたそうな。
日本語はその時に覚えたとのこと。
「昔なので忘れました」と言ってましたが、そこまで会話出来れば凄いっすよ!

ホント「ギリシアは海運国だなぁ~」と実感した出来事でした。
おじさんも、こんなトコロまで日本人がやって来るとは想像もしてなかったでしょうね。
(動機が動機ですから~ ははは…)


サンタ発見! カストロと海岸線
  (左)サンタ発見!   (右)カストロと海岸線


ちょっと道を先まで進み過ぎたようです。
上から眺めて、砂浜に降りる小道をチェック。
城塞近くまで戻って、急な坂道を下ります。

昨日から歩き回っているので足が疲れきっていて
こんな急な坂道、すぐには登れない状態。
砂浜にあった岩に腰掛け、音楽を聴いて過ごす。

段々雲が出てきてしまい日没までは拝めなかったけれど、
こうして波の音を聞きながらノンビリ出来てしゃーわせv 
耐えられなくなるくらい風が冷たくなる迄、そうしてました。

クリスマス人形
 クリスマス人形


周囲が暗くなった18時頃、海岸沿いをざっと散歩して夜景を撮ってからホテルへ。
バスステーション前のスーパーで飲み物を買い出し。
フルーツたっぷりのジュースでビタミンを補給しないと!

お昼に食べたギロピタ以来、胃の調子がイマイチなので水分のみ摂るのでした。
ずっと曇りか雨で殆ど太陽光を浴びてないせいか、時差ボケが治る気配無し。
こんな時間帯でもねぶくて仕方ありません。どーにかしてくらさい…。



[2008.07.04(Fri) 16:54] 2005.12-2006.1ギリシアTrackback(0) | Comments(0) 見る▼
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リストマーク 冥王ハデスの聖域エフィラからプレヴェザへ(2005/12/30金曜日) 

2008年07月03日 ()
バックパッカー * 旅行
前の日、海を眺めていた時には
こんな天気になるなんて予想もしていませんでした。
夜22時頃から「雨が降り出したなぁ」とは思っていましたよ。
でも何でこんな大荒れの天気になるの!?
夜半過ぎから暴風雨状態となり、
鎧戸がガタガタとうるさくて目が覚めてしまいました。

強風は3時過ぎまで続き、その後は雨脚が強くなってきました。
余りの賑やかさを紛らわすため、音楽を聞きながら再度眠りに就くのでした。
これで遺跡巡り大丈夫なのかなぁ~?


時差ボケのせいで5時半には起き出し、朝食の用意。
日本から持って行ったアルファ米のきのこご飯と、わかめのみそ汁。
いつもはパン食なのに、何故旅先では和食なんでしょうね?
昨夜絶食したから「お腹にやさしい」ものを摂らないと!
  それよか、荷物減らさないと何も入らないし…。

時々鎧戸を開けて外を観察。しかし雨は止みそうもありません。
おかげで周囲も暗いの何のって…。
遺跡は8時半に開くけど、雨が弱まるのを待って9時近くまで部屋で待機。
でも無理そうなのでタクシーで行くことに決め、
チェックアウトしてしまいました。

今回もカード払いを希望したのですが
フロントのお姉ちゃんがやり方が分からず現金払いへ変更。
こりゃ、またお金替えるなりしないと…。
大きい荷物はフロントの横に置かせてもらって、タクシー乗り場まで。


「………」一台も無いんですけど!
しばらく待っていたら、今度も若い兄ちゃんがベンツでやって来ました。
最初は15ユーロから始めて料金交渉。
兄ちゃん、どこかに電話したりして相場を確かめてます。
最終的に25ユーロで決着をつけました。

遺跡まで片道30分弱。
日本のこととか質問してくるので
『現代ギリシア語会話練習帳』を渡してから車を降りました。
いい“時間つぶし”になるよね!
雨はやはりしとしと降ってます。ここでもカッパ着用。


 ■エフィラに関するサイト:(下のサイトはリンク切れになっちゃいました)
 「 Show Caves of the World
  >> 「 Subterranea of Greece: Necromanteion of Ephyra
 「 Museums, Monuments and Archaeological Sites of Hellas
  >> 「 The Nekromanteion (Oracle of the Dead) at Acheron


エフィラ地域地図
 エフィラ地域地図


エフィラは、かつて「冥府の入口がある」とされた場所。
ホメロス作『オデュッセイア』の主人公・オデュッセウスの
冥界行の舞台とも言われています。
そして、ここの丘の上には冥界の王ハデスと妃ペルセフォネの聖域が存在するのでした。
(ペルセフォネが冥界の出入りに使った場所は
 アテネ近郊のエレウシスにあるそうですが…)

 エレウシス関係の「 写真 」と「 旅行記 」ちょびっとあります)


エフィラ入口
 エフィラ入口


「キュクロプス式の壁ってばすっげー!!」びっしり隙間無く埋まってます。
ミケーネを訪れたのは15年近く前なので、大きさが記憶になくて比較出来ないけど、
このびっしり度は文句なく凄いよ!思わず壁に沿って周囲を歩いてから入場。

地獄の門?
 冥界の門(笑)


北の回廊を進む。
左手には四角く区分けされた“休憩所”と言うか“宿”と言うかが置かれています。
角を右折。今度は東の回廊だ。うほっvここの右手の壁も立派なキュクロプス式。
周囲の景色と壁を交互に眺めながら歩をすすめました。
角でまた右折。迷宮(ラビュリントス)に入り込みます。

迷宮の入口 託宣の間入口 託宣の間地下入口
 (左上)迷宮の入口   (右上)託宣の間入口   (下)託宣の間地下入口


迷宮を抜けきると、そこは聖域の中心。
現存する託宣の間は、ヘレニズム時代に造られたものとのこと。
その両脇には倉庫部屋が並んでいます。
クレタ島のフェストスを思い出させる壷が置いてありました。
今や上に修道院が建ってしまっているので、そちらの大きさに目が行きがちかも。

修道院
 これが修道院


さて、ネキュオマンテイオン(死者託宣)の間に降り立ちますぞ。
ライトを持ち歩いていて正解!
内部にはちょっとした照明がついているけど、雨で外が暗いので足元がよく見えない。
降った雨が上からポタポタ垂れてくるので水浸しだし冷たいし…。
まあ、凍ってないだけ良しとしよう。

託宣の間真上 託宣の間地下
 (左)託宣の間真上   (右)託宣の間地下部屋


「ここでオデュッセウスは死者たちに会ったのかぁ」
時代が時代のせいか、こぢんまりした場所です。
アイザノイのゼウス神殿(トルコ)やプトレマイスの貯水槽(リビア)のように
ヘレニズム時代~ローマ時代のものになると、
もっと大規模な地下室が造られていくのでしょう。

遺跡地図
 遺跡地図


見学所要時間は約45分。
10時45分頃パルガの町に戻って来て、バス停の前で降ろしてもらう。
窓口に行って、プレヴェザ行きのバスチケットを買おうとしたら、
10時半に行っちゃってました!お次は14時半発…。
「その時間になってから買いに来な」と、
チケット売りのじーちゃんに英語で言われた。あう。

ホテルに戻って、例のお姉ちゃんにコトの次第を話して笑い合う。
気の毒に思ったのか、クリスマス用のお菓子を奢ってもらいました。
 よく食べものを恵んでもらう奴 ↑

粉砂糖をまぶした15センチくらいの楕円形のもの。
最初、クッキーみたいに割れるのかと思いっきり摘んだら、爆裂しちゃいました。(笑)
ゴメンよぉ~ 掃除した後なのに~

ガイドブックを読んだりして、これからの計画を再確認しながら13時頃まで過ごす。
それから外の空気を吸いに一旦町中へ。
ATMで100ユーロ下ろして海岸沿いをぐるっと歩き、
町を巡ってからバス停でチケットを購入。
預かってもらっていた大きい荷物をホテルから運び出してバスに乗り込む。
今回のバスは「SCANIA」。乗客は5名程度でした。



こんな時間になるといい天気でさ。雲は多めだけど暖かい午後。
しかし、エフィラの近くのメソポタモス村辺りまで行ったなら、
昨夜からの大雨で道路が水浸し。
普通の乗用車は、水かさが増して氾濫状態の
アケロン川にかかる橋を渡れずに両側で待機中。
地獄の渡し守も、こうなってはお手上げです。

アケロン川氾濫!?
 アケロン川氾濫中


遺跡探索中「アケロン川ってどの辺りを流れているんだ?」と
周囲に目を凝らしたけれど、雨のせいで水浸しなので
どこが“田んぼ”でどこが“川”なのかもよく分からず。
遺跡の説明地図によると、昔この辺りは湖だったようなので
「だから湿地帯なんだぁ!」と勝手に納得。
“冥界”って乾燥してるイメージだけど、ここは湿気がちなんだね、と思ってました。
  やっぱ早トチリか!?

洪水状態
 洪水状態…



山越えして、海岸沿いに南下。
予定よりちょっと早目にプレヴェザのバスターミナルに到着した。
一旦降車したのに、運ちゃんがまた「乗れ!」という仕草をする。
もう一人のおばさんも一緒だったので、不思議に思いながらも乗り込み、
先のロータリーまで送ってもらった。

「うにゃ?ココどこだべ?」
地図を出して確認。バスターミナルの位置と方角から判断して、反対側に渡る。
丁度地図に載っていた道だったので、ホテルのある方向へと歩き始めたのだった。

ゆっくりとカーブを描いた通りに沿って進む。
地図と照らし合わせて「こっちだ!」と思った方向へ曲がる。
歩道が所々工事中なので、荷物を引きづりながらだと、とても歩きにくい。
そして…私の方向オンチは、町中ではかなり致命的であった。
「お、またロータリーだ」と思いながら到着すると、そこはさっき出発した地点。

「何で一周しちゃうワケ!?」
ここは富士の樹海じゃないのにぃ~(苦笑)

地図見て歩いたのに、この体たらく。
陽も段々西に傾いて気温も下がっていってます。
「………。しゃーない。」
遠回りにはなるが、とにかく真東に進んで海沿いの道に出ることにした。
これなら迷わないでしょう…たぶん。

余計な時間はかかったけど、目的のホテルには辿り着けました。
海が眺める場所にあるので、周囲は賑やかなレストランです。
「たまには景色の良いホテルに泊まるのも良かんべ」と思い、
ここHotel Avraに宿を取りました。
ちょっと古めだけどテラスからは対岸まで眺められるしね♪


チェックインして荷を置くと、時間は18時。
「今日はフィッシュタベルナだー!!」と意気揚々出かける。
ホテルの裏側が商店街で人出も多い。
クリスマスの飾り付けも賑やかでキレイなので、飽きるまでノンビリと探索してました。

今回も朝食付でないので、朝食用のパンを買い出ししてから、店舗を物色。
あんま高いトコはねぇ…?
一旦海側まで出てしまってUターン。
時間も早いので、「客の入り」という判断基準が使えません。

しかしながら、親子連れが入っていて、
テーブルクロスが無いお店に白羽の矢を立てました。挨拶しながら入店。
お店の人々はビックリしてたが、お得意のボディーランゲージを駆使して台所へ。
材料をチェックしてメニューを決める。

色々食べたいものはあったんだけど、
一人なので残念ながらそんなに量は食べられない。
結果、グリークサラダとカラマリア、エビのボイルに決定。
それでも、ボリュームを見誤っておりました…。が、頑張るぞ…!
毎度ながら、往路の機内食で手に入れたお醤油ケースを取り出しかけて食べる。
「んまー♪」レモンと醤油は、ホント相性いいよなぁ~


夢中になって食い散らかした。
(…エビの殻とか取りにくいんだもん。取らないと固いし)
サラダこそ半分近く残してしまったけど、他の2皿は完食したぞ。
“特別美味”とか“サービスが良い”って訳でもなかったので…こんなもんでしょ。
ごちそうさまでした!

この時の料金が22ユーロ。毎回15~20ユーロも使ってたらヤバイよなぁ…。
結局タベルナ等で外食したのは、この時だけでした。貧乏性のひとり旅は辛いのよ。
トルコみたいにロカンタで、パン食べ放題&料理半分半分が出来ると助かるんですが…。
(今度は是非「ピキリア」という、
 ギリシア版おつまみプレートに挑戦してみようと思います)


再び商店街をブラブラしてからホテルへ。
途中のスーパーで、ビタミン不足解消を兼ねてフルーツジュースと、
非常食用(笑)チョコレートを買い出しした。
さすがに風がつべたくなってきました。
でも地元の人にとっては、これからが本番です。

夜ツリー オリオン座
 (左)夜ツリー   (右)オリオン座


今回の旅、初めて?の快晴。星がきれいに瞬いてます。
ホテル前の波止場に立って、オリオン座が海から昇るとこを眺めていました。
だってココ、かのプレヴェザですし、対岸はアクティウムですから♪


 ■プレヴェザの海戦
  1538年オスマン帝国艦隊と、スペイン・ヴェネツィア・ジェノヴァ・ローマ教皇の連合艦隊との海戦
  トルコ側の勝利に終わり、以後クレタとマルタを除く全地中海域を手中におさめることとなった



ホテルに戻ってからも、暫くはテラスから星を眺めていた。んー素敵じゃん!
但し、難点は周囲のレストランから漏れる騒音であった。
夜通し賑やかなんだもん。静かになったのは朝の6時…。
なので今夜は、ヘッドフォンで音楽を聴きながら寝ようと決意したのであった。



[2008.07.03(Thu) 17:03] 2005.12-2006.1ギリシアTrackback(0) | Comments(0) 見る▼
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リストマーク ニコポリスとプレヴェザの町(2005/12/31土曜日) 

2008年07月02日 ()
バックパッカー * 旅行
大晦日である。
情報によると、今日は午前中で遺跡や博物館は閉まってしまうそうな。
なのでニコポリス行きは早めが勝負である。


「勝利の都」という意味のニコポリスは、ローマ皇帝オクタウィアヌス
(アウグストゥス)によって建設された都市。
紀元前31年、彼とアグリッパが率いるローマ軍は、
アントニウスとクレオパトラ七世の連合軍を
このプレヴェザの対岸にあるアクティウム沖の海戦で打ち破った。
この海戦の勝利を記念して建てられたのがニコポリスだった。


町には、南の半島のアクティオンにあったアポロン神殿が移動。
またポセイドンの神殿も建設されたという。
更に劇場やスタディオン、オデオンが現在までその姿を留めている。
ビザンティン時代には皇帝ユスティニアヌスによって再建され、
市壁などが拡張された。


ここ、ギリシアでも西の方だからなのか、周囲は8時近くならないと明るくならない。
明け方の空は快晴で、晴天用のフィルターをレンズに“初めて”取り付けて
明るくなってからテラスに出たら…雨降ってんやん!
さっきまでの快晴はドコ行っちゃったのよぉ。

細くサーと降っていて「天気雨」に近い感じだったので、
出発を少し送らせて様子見。ぽちぽち状態になった9時半に外へ出た。

ニコポリスからアルタ行きのバスがニコポリスに止まるそうだが、
雨降ってるし、遺跡の範囲広いし。
帰りのバスは何時になりそうか調べてなかったので、今回もタクシー利用。
しゃ、社会人だもんっ!

ホテルの右手すぐにタクシーステーションがあって
多数のタクシーが並んで順番を待っている。
一番左側先頭にあった、じーちゃんが運転する車に近づいて料金交渉。
10~15ユーロを提示したが「20ユーロ」と即答。
お、じーちゃん慣れてるな。それなら安心とばかりに乗り込む。

市壁
 市壁


車は幹線道路を北上する。市壁がやっぱスゲー!
よくぞここまで残ってくれました。
まずは手前のこじんまりした丘にある遺跡へ。
運ちゃんに教わった通り、入口から登って左手奥へ進む。
ちっこい博物館がありました。2部屋だけだったけれど、彫刻類が良かったです。
写真撮影モチロンOK。ライオンさんが多めだ。

レリーフ~アマゾネスとの闘い
 アマゾネスとの闘いレリーフ


ニコポリスの英語本(6ユーロ)もあった。
そういや、最初3ユーロのチケットを切ろうとした管理人のおいちゃん。
「あっ」というような素振りの後、2ユーロとなった。
ずっと2ユーロのチケットをくれてたので疑問に思わなかったのだが、
もしかしてコレ学生料金だった?

今回の旅、初めての博物館。またもや熱心に見て写真撮影にも燃えていたら、
管理人のおいちゃんからオレンジ貰ってしまったヨ。
その後、市壁の内部にある修道院跡などを見てから壁に沿ってぐる~と回る。
入口付近にあった発掘中のようなトコを撮ってから車に戻った。



ニコポリス地図
 ニコポリス地図(見えないね…)

お次はオデオン。背の高い草ぼうぼうの小道をタクシーは進む。
「え、こんなトコにあるの?」とビックリしている間に到着するも、門が閉まっている。
「休館は午後からじゃないのかよっ!?」
やはりここはギリシアであります。

運ちゃんは、鉄扉を動かしてみたり
近くに管理人がいないか探してくれたけど駄目でした。
えーん、せっかく一番キレイに残っているのにぃ!


またまた小道の続きを走って大通りに出る。
それからアルタ方面への道をちょいと進んだところにあるのがスタディオンと劇場です。
前者は雨で内部は小川状態。先の方まで進めませんでした。
ギムナジウムがあったらしいんだが…。
劇場も登るまでにはいかなくて、ふもとから写真を撮ってました。

スタディオン
 スタディオン内部


その後、運ちゃんは町の方まで車を走らせます。
ぐーっと坂道を登りつめたところが公園のようになってました。
しかし、ここもオデオンと同じように門扉が固く閉まっています。

「ここにアクティウムの海戦記念碑がある。でも閉まってる」と、
入口前で“解説”してくれました。じーちゃんナイス!

予想以上に見学出来ない場所が多く、1時間ちょいで見学終了。
タクシー乗り場まで帰って来たのは11時前でございました。
メーターは17~18ユーロでしたが、じーちゃんの冗談が笑えたので、
最初の約束通り20ユーロ支払いました。



明日のアテネ行きバス便を確認するため、
ガイドブックの地図にあった町中のバスステーションへ。
しかしバスは停まっていても、チケット売り場が無い。

カフェの店員さんに尋ねてみたら、もうココはステーションじゃなくて
昨日一旦降ろされた場所がそれなのだそうな。
それでハッキリ分かったよ、昨日の道に迷った原因。
バスステーションが移動していた為だったんだ!
(私の方向オンチだけが悪いんじゃないやいっ)

そんな交通量が多い町ではなさそうなので、
このちっこい旧バスステーションでも充分だと思うんだが…。
遠くて不便じゃん?北の外れなんで。
ホテルのフロントのお兄ちゃんも「遠いんだよね」って言ってたし。
閑話休題。


北を目指して歩きます。今度はタクシーで通ったメインストリートを。
お正月を前にして、お店は活気づいてます。
見ながら歩くのたのしー♪と、思っていたのも例のロータリーまで。
そこから先はぐっとお店が少なくなる。

づがれだよぉ~。
とぼとぼ歩いていたら、道路の反対側から軍楽隊の面々出現。
ちょいと照れくさそうに演奏をしながら町の方に歩いて行きました。
何もこんなひとけの無い場所から演奏せんでも…。ミステリアスギリシア。

軍楽隊の皆様
 軍楽隊の皆様


歩き始めて30分近く、墓地の向こうがステーションでした。
日本でクテルのサイトからプリントアウトしてきた時刻表を指差しながら見せて
「明日のこの時間のアテネ行きチケット1枚欲しいんだけど」と片言英語で訴えましたが、
これまた全然英語が分からないおいちゃんで。
丁寧に「時間が違うよ~7時間かかるよ~」って感じで訂正を入れてくれるんだわ。

「分かった分かった。だから9時10分発のチケットくれ」と再度訴えるが通じず。
そこで伝家の宝刀(笑)『現代ギリシア語会話練習帳』をごそごそ取り出して
指差しながら説明しようとしたら、若めの兄ちゃんに窓口が入れ替わった。
彼は英語が分かるらしく、無事チケットを購入出来ました。
良かった良かった、バスだけはちゃんと元旦も動いているようで。


「せっかくここ迄来たのだから」と、今度は半島の先端を目指す。
その前に、腹が減って行き倒れそうなので昨日購入したチョコで栄養補給。
カロリー自体は足りてるハズなのに、背負った荷物を重く感じるのは、
やはりビタミンやミネラル不足なんでしょうか?

「アクティウム(アクティオン)」の表示を頼りにひたすら南へ歩く。
商店街が途切れ、住宅街に。
雨が降っているため、唯でさえ閑散とした場所に人影も無し。
車もたまにしか通らないので
「ちょっとこの雰囲気はヤバイかな…」という気がしてきた。

半島の先端は城壁で囲まれているので、道路からは海が望めないし。
トンネルの入口まで行ってみたけど、そこで諦めてUターン。
対岸に渡る船とかあったら乗りたかったなぁ。


お次は海岸沿いに北上する。
ベンチがあった展望台で一休み。おいちゃんがノンビリ釣りをしてます。
雨のせいでけぶってしまって“絶景”ではないけれど、
こういう場所で「ぼへ~」と過ごせるのも、フリー旅の醍醐味。
昨夜は騒音で寝不足だったので、雨音を聞きながらうとうとしてました。(←風邪ひくべ…)


お昼もとっくに過ぎ、お腹がまたすいてきたので町に戻って昼食をとることにする。
「何食べようかなぁ~」と考えているうちに、ふと思い立ったこと。
それは…町のパン屋さん、ないしはケーキ屋さんで幾つも見かけた
「2005年スペッシャル」(笑)パンを食べよう!計画。
だって、今しか食べられないじゃん♪

イリニス通りを北上しながら何軒ものお店を物色したが
時間的に遅過ぎたのか、殆ど残ってません。
結局、ロータリーで見つけた客が列なすお店へ。おお、まだ混んでるぞ。
地元の人はお店の人と色々やり取りしながらパン?を買っている。

でっかい彼らの身体のすきまから物色。2006年パンは売り切れらしい。
んで「2005」の文字が入ったクリスマスケーキを購入した。
上に粉砂糖を振りかけ、サンタとトナカイ人形が挿してある。

「これ下さい!」と身振り含めてお願いすると、おばちゃんが量りに乗せる。
しかし「重過ぎて量れないわ~」って感じで笑いながら10ユーロにしてくれた。
しかし…改めて手にしてみると「でっけー;」いいのか、オレ?


ホテルへ戻る途中のペリプテーロ(キオスク)で果物代わりのジュースを買い出し。
何かハマってますよ、今回の旅。合わせて2ユーロなり。

10までならギリシア語で数を数えられるので、
言われたままに「ほい、ディオ」とコインを渡す。
すると店番のお姉ちゃん、ギリシア語が分かると思ったのかペラペラと話しかけてきた。
無理ですってばっ!

後は、勘を頼りにホテルへ。
途中で、午前中に見かけた軍楽隊の面々の演奏に出くわしました。
こんなトコで営業中なんだねぇ。
そんなこんなで、ホテルに到着したのは14時頃でした。


バシロピタ
 じゃーん!

腹減ったー!テラスに出てケーキの写真を撮ってから食す。
後で色々知ったのだが、このケーキ
「バシロピタ」というギリシアのお正月には欠かせないもの。

パルガのホテルでもらったお菓子「クラビエデス」(作り方:「ギリシャのごはん」様)と並び、
ギリシア系サイトさんでよく取り上げられていました。→「地球散歩 新年」様


雨降り且つ海沿いなので寒いけど、このロケーションを生かさぬ手はない!
景色を堪能しながら、日本から持って来たゴハンに付属していた
スプーンを使ってコツコツ食べておりました。(笑)
ナイフ、持って来なかったんだもん…!

さすがに身体が冷えきってしまいました。
部屋に戻って、買ってきたニコポリスの本を読む。

「………もう駄目ぇ~」

そのカッコのまま眠りこける。だって、今の時間、外が静かなんだもん。
「大晦日だから家族で過ごすのかしらん?」
今夜はぐっすり眠れるのではと、儚い望みを抱いていたのでした。



[2008.07.02(Wed) 17:16] 2005.12-2006.1ギリシアTrackback(0) | Comments(0) 見る▼
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